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違和感の連続(4)

イヤイヤながら小グループのリーダーを続けていた私でしたが、一年を待たずして
転居してきた新しいメンバーに交代する事になり、お役御免となりました。
このときの喜びと言ったらなかったですw
同時期に、職場の友人から土曜の習い事に誘わたので通う事にしました。
隔週レッスンだったけど嘘をついて、「毎週あるので小グループに出れない」と新リーダーに連絡。
すると地区婦から電話がかかってき、事細かに時間帯や場所などを確認され、怖っ!と思いました。
「あなたの出られる時間帯で(会合)設定するからね」というのです。
絶対休ませないよって事です。
これじゃ私がゴネてるみたい。赤ちゃんのネンネの時間にあわせてくれっていうのと変わりません・・。
私に負い目を感じさせようとしてるんだろうな、とはっきり感じました。
婦人部っておそろしいと思った瞬間でした。

また、今更気づきましたが、ワークの私をリーダーに据えてみたり・無理やりでも土曜の会合を取らせたのは
私がそのうち「自分が仕事を辞めれば平日に会合を取ることができるのに、このままでは皆さんに
申し訳ない」と気づいて、自ら仕事を辞めるだろうとの目論見だったんだろうなーって事。
当時まーったく、そんな風に思わず、鈍感な私でしたw きっと周囲は苛々していたことでしょう。 

直後の小グループに出ると、婦人部の本部長が来ていました。
転居してきたメンバーと私は本部長と初対面ということで、指導がありました。
しかも、参加者全員にじっとり聞かれている図です。たまらなくいやでした・・。
本部長は私が習いごとを始めた事を知っており(地区婦が言ったのだと思います)、
そのことについて尋ねてきました。
将来その道のプロにでもなろうとしてるんですか?というので、始めたばかりだし、そんなところまでは
まだ考えていないですと答えると
「じゃあ辞めたらどう?」というので、驚きを通り越して、思考停止で言葉がでませんでした。
「あなたは活動から逃げようとしてるんです。そんな事でどうするの?
 活動の1日は、未活動の100日。 そのくらい差がある。さぼったら取り戻すのにどれだけかかるか。
 特に婦人部は、女子部時代と違い自分ひとりの福運ではない。家族の命運まで左右するもの
 なんですよ」と言われました。
私はとっさに、女子部長の面接で幹部から言われた
「(活動さぼったことを)何もあやまらなくていいよ、福運は自分持ちだからね」を思いだしました。
めちゃめちゃ、矛盾してるじゃん!!
言いたかったけど、そんなこと言えません。
”福運は自分もち。だったらあなたにとやかく言われる必要はない”こう言ってやればよかった。
そして服装等を指し「独身気分が抜けてない、浮ついてる証拠。もうミセスなんだから自覚を持たないと」
と言われ。
どうしてそんなことまで注意されなければならないのか、さっぱりわからない。
もはや、言いがかりの域だったと思います。
この発言に対し自分がどう返答したか全然思いだせないんですが、たぶん「以降気をつけます」みたいに
答えたんだとおもいます。
当時の私は、幹部の前でまだいい子を演じようとしていました。 そろそろ限界にきていましたが。

初対面なのに、学会の上下関係だけでこんな事を言う幹部。私の何を知ってるっていうんだろう?
個性や生き方を認めるのが、創価のいいところだと、私は青年部時代思ってきました。
その思いを打ち砕かれた。 婦人部は、右へならえの義務教育みたいだ。
贅沢や華美は敵。時間もお金も惜しみなく組織に差し出す事が婦人部の使命。
一部の特別な人達(各種グループの方々)は別として、一般末端主婦は学会活動だけしてればいい。
組織に尽くすのが当然の生き方。
はみ出すやつは許さない。婦人部にはそんな空気を感じ、こんなの耐えられないとの思いが強く
なっていきました。
習いごとは辞めずに続けていましたが、会合に出た後に習い事へ向かう車の中でいつも苛々して
叫んでいましたw そうやって気分を切り替えないと、いや~な気分を引きずったままレッスンに
突入するのが嫌だったから。
そして、習い事の教室に入ると、主婦やOLさんのレッスン仲間に癒されます。
と同時に、なんだろうこの違い?と、愕然とするのです。
さっきまで一緒にいた婦人部のひとたちは何だったの?と。
同じ街の、そう遠くない生活圏に住む、年齢も同じくらいの女性たち。
主婦という立場も同じなのに、ぜんぜん違う世界の人間みたい。
創価婦人部メンバーの、一般世間との乖離感・隔絶感のハンパなさったらない、という思いを深くしました。
そして、私は婦人部にまみれるより、普通の人たちのコミュニティに属していたい。
こっちの方が明るい、楽しい、綺麗、おしゃれだし、なにより一緒にいて楽しい。
女子部の時は、女子部の友達と居ても・外部の友達と居ても、ここまでの落差なんて感じなかった。
一般の主婦仲間と接するたび、婦人部を「いかがなものか」と思う気持ちが強くなっていきました。

本部長の公開指導を機に、どういうわけか派遣のしらゆり長が「上から」な態度になったのも嫌でした。
何の確認も私にとらず勝手に書籍や雑誌(潮やパンプキンw)を注文し、自宅に持って来て
「OOOO円だから(お金払ってね)」と請求する。
えっ、頼んでませんよね?と私が言うと
「買うのが当然でしょ。ワークなんだしお金に困ってる訳じゃないんでしょ」というのです。
なんなの、この人?でした。
何度かそんなことが続いたので「もう持って来ないで欲しい」とハッキリ断ると
翌日、1冊の新刊をもってきて「これは私からプレゼントってことにしとくね」と言うのです。
つまり既に注文してしまっていた本が来たけど、あなたが断ったからお金は私が払いますという意味です。
どうしてこういう、押しつけがましいと言うか・こちらに気を使わせるような物言いをするのか。
だったら友人に贈呈なさったらどうですか?と私が本を突き返そうとすると
「いいのいいの、私そんな(本を贈呈するような)友達いないから」と去って行く。
すごく気分が悪くて、借りを作りたくない私はお金を地区婦人部長を通じて渡してもらう事にしました。
もう、険悪にでも、どうにでもなれって気分で。
女子部当時は地域で書籍を頼む事が無くて(母は買ってました)、こんなに頻繁に・半強制的に書籍を
買わされるなんて全く知りませんでした。
組織力で”売上No.1”を取るなんて、何の面白みもないだろうに。物書きのプライド無いんですね。
ゴーストライターが書いてるとの噂もあるし、売れて世に自分の名前が出れば何でもOKって感じでしょうか。
池田老人と大本営の虚栄心を満たすために、読みもしない本が山積みになっている会員宅は多いでしょうね。
実家も同じくです。

婦人部と合わない。どうしようと悩みだしたこの頃、夜の同中に一緒に行かない?と、近所で商店を
営んでいるワーク婦人部の方(以下Aさん)からお誘いを受けました。
たまたま主人の出張と重なっていたのでOKし、車で連れて行ってもらい、帰りは一緒に
ファミレスで夕飯を食べました。
Aさんも結婚で入会した一世です。草創の家に嫁ぎ、義家族にいわれるがまま活動してきたと言います。
ご主人は役職をもっていて、自宅は拠点になっていました。
お互いの事を色々話していく中で、Aさんが「夜の活動にどうして出ないの?旦那さんが反対してるの?」と
突っ込んできました。
直感で、Aさんがそんなことを尋ねてくるのはおかしいと思い、誰かから探るよう言われてるんですか?と
聞くと「ばれちゃったー」と照れ笑いをし、支部婦人部長の差し金だったと解りました。
私が女子部で部長を経験していたのに、婦人部の活動に熱心でないことを、支部婦人部長は疑問に思って
いるようで、皆に「なんでだと思う?」と聞いていたそうです。
旦那さんの入会が浅いので、理解を得られていないんじゃないか?と噂になっているというので
私は否定しました。 実際、主人は私に会合に行くなとは一言もいっていないのです。
私が仕事と家事の両立に手こずっていること・実家の母が夜の活動に出ない人だったので、抵抗もあると
話しました。
Aさんは「良かった~。みんな心配してるんだよ。幹部候補だから、潰しちゃいけないって」と
言いました。
本心をこの時言えばよかったかもしれません。私はここの婦人部メンバーを受け付けないんだ、って。
さすがにそんなことを言うほどの度胸はありませんでした。
そこには、創価の「同志を悪く言ったら誹謗」という刷り込みが強く強く働いていたと思います。
どんなに非常識でうんざりでも、同志だから。
我慢しなきゃいけないと、まだこの時は思っていました。

この地域の婦人部員には失望させられていたけれど、私の御本尊様への信心が揺らぐことはありません。
お題目を上げて、主人の転勤を祈念しました。まだ引っ越して一年経過してなかったのにw
ここにいる限り、ここの婦人部メンバーとの付き合いが続く。
そんなの耐えられない!
私が好きな戸田先生の指導(人間革命からなので、作り話かもしれないのですが)
「場所(環境)では無い、信心だ」が、揺らいでいました。 
違うよ戸田先生。場所もぜったい関係あるよと思いながら、お題目をあげていました。

また、婦人部の活動で「御書持参」しなくて良くなった事にも疑問がありました。
女子部時代は、使おうが使わまいがマイ御書持参がセオリーだった。
婦人部では御書の出番がなく、9割方池田老人のスピーチ、かねこ婦人の談話から学ぶ状態。
同じ組織にありながら、どうしてこうも流れが違うのかと、そこも私が馴染めない理由の一つでした。

ちなみに、主人に私のそんな胸の内を話した事は一回もありません。
話したところで、入会したとはいえマインドは完全外部な主人に、理解できないだろうと思ったからです。
壮年部の家庭訪問もありましたが、一回だけ主人は応対に出て、愛想良くあしらっていました。
仕事が多忙なので会合には出られませんと私から断りを入れたので、しつこくやってくることも
ありませんでした。
同中にはなるべく2人で参加するようにしてましたが、用事や予定を優先で、毎月きっちり参加する
わけでもなく。
暫くするとしらゆり長から「参加したら必ずメールください」と言われるようになりました。
そういう事も、女子部時代は連絡するのが当然の義務と思っていましたが、だんだん婦人部からの
連絡・連携が煩わしく感じるようになっていきました。
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