違和感の連続(5)

活動一年を迎えようとする頃、地区婦人部長から個人的にお茶に誘われました。
むげに断れず応じると、会合中に笑顔が無い・いつも辛そうで、私の事が心配だと言いました。
女子部とあまりにも違うから馴染めないの?と言われたので、思わず「はい」と答えました。
地区婦は、私の気持ちがすごくわかる。
メンバーも信心あるのかないのか、よくわからない人も多いし、幹部もレベル色々だし
(以前書いたヒエラルキーを指していると思われます)人間関係に疲れちゃうよねーと私に同調。
「けど、活動自体がいやなわけじゃないんだよね?」と聞いてきました。
私は「そうですね」と答えたけれど、実際は婦人部の活動に対しても疑問だらけでした。
なぜ御書を殆ど学ばずに、池田老人の指導学習が中心で先生奥さま賛美に終始なのか。
仕事を辞め活動一本にしろとうるさいのか。 でもそのことは言いませんでした。
家庭内に問題は無いのか?というところも、しつこく聞いてき、全く何も無いですよと答えましたが
どうも婦人部のみなさんは、主人がネックで私が活動に積極的でないと思いこんでいるようでした。

この直後、しらゆり長が婦人部総会の記念品(参加者に配る)を作って欲しいと
頼んできました。 しかも2日間で仕上げてというのです。
私はその頃、会社の繁忙期で残業もあったので「無理です」と断りました。
しかし、OOさんはこれをやってくれた、OOさんはあれをやってくれてる、あなただけ何もしないのは
不公平だからお願いと、自宅に材料を持ってやって来ました。
でも私、婦人部総会に参加しないのに。 日時が平日昼間だったんで。
こんなのおかしいと思い、地区婦に訴えました。
地区婦がしらゆり長に確認すると、記念品作りを私に依頼したのは支部婦の指示だった事が解りました。
たとえ当日参加できなくても、少しでも私に携わってもらいなさいと。
地区婦は、余計な事してくれちゃってー!と支部婦のことを怒っていました。結局、3等分して3人で作る
ということで落ち着いたのですが、それでも私の気分はもやもやしていました。
なんでこうも、なにもかもが押しつけがましいんだろうかと。

完成したものをしらゆり長宅に持参する約束をしたので行くと、支部婦がいました。
ちょうどいいところで会った、私に役職の話が来ている、面接に行って欲しいと書類と会館へ行く日時を書いた
メモを手渡されました。地区副婦人部長の役職でした。
しらゆり長をすっとばして、地区副?ありえないと思いましたし、私は役職なんてやる器じゃないですと
その場で断りました。
すると支部婦は全然心配ない、あくまでも「副」だから名前だけで全然忙しくないし、お仕事してても出来る。
あなたがいずれお仕事を辞めた時に正に上がれるように準備しておくだけだよというのです。
無理です、と断りました。役職なんてするつもりないんですと。
支部婦は「リーダーがやり辛そうだったから、外してあげた」と恩着せがましく言い
「だからリーダーの代わりに、更にあなたが飛躍できるような場(役職)を用意してあげようと・・」と、
これまた恩着せがましい発言。
私はもう婦人部に嫌気がさしていました。
「現時点、いっぱいいっぱいでやってるのに、これ以上追い込まないでもらえませんか?」と言いました。
支部婦には結構強く言えた私、婦人部ヒエラルキーで強気にでていました。
地区婦が「支部婦は女子部上がりでない、信心がヌルい」と言った事で、私自身も支部婦を軽視していたのです。
婦人部ヒエラルキーで言ったら私の方が上だ、という潜在意識、確実にあったと思います。
しらゆり長も、はっきり物を言う私に引いていました。

翌日、仕事終わりで携帯を見ると実家の母から着信が数件。メールもあり「大至急電話下さい」と
ありました。
当時、父が少し体調を崩していました。何かあったのかと驚いて電話をかけると母は
「あなた、役職を断ったらしいわね」というのです。
つまり、支部婦が実家に電話を入れていました。
私は血の気が引きました。え、なんで?どうして役職を断ったくらいで、実家に連絡されるわけ?
母は「だめじゃないの、ちゃんとお受けしなきゃ。信心で引いたら、生活面でマイナスが出るわよ」
忙しいからまたね~と一方的に電話を切られました。
私はしばらくその場から動けないほどショックでした。
既に家庭を築いており、30代半ばをすぎた立派な「社会人・おとな」の私です。
なんで創価の役職を断ったくらいで、親に連絡されなきゃいけないんでしょうか。
幼少期、断りもなく習い事をさぼって教室の先生から親に電話を入れられ、父に叩かれた事を思い出しました。
これはまだ理解できます。習い事の先生は、私が来ないから心配して家に電話したんでしょう。
独立した成人の・個人の判断を、親に連絡され、親からダメ出しされる。
プライドがズタズタに傷つきました。
私は、結婚後殆ど実家に連絡をしないようにしていました。母への依存心が強い事を自覚していたので、
自立したかったし、嫁に行った以上は必要以上実家にベタベタすべきでない・主人の家族に誤解されるとの
父の教えもありました。
それをこんなつまらないことで連絡されるって何なの?猛烈に怒りがわき、私は帰宅後ふたたび母に電話。
「支部婦がいったい何っておかあさんに言ったわけ?娘さんが役職が嫌だっていうから、おかーさん説得して
 やってくださいって言ったの?」と、つっかかりました。
母は「あなた何を誤解してるの?支部婦さんは、あなたのことを心配してたのよ。
信心熱心だった娘さんが役職を断るなんて、おかしい。家庭内に何か問題でもあるんじゃないでしょうか?って」
私の怒り、さらに倍です。ありえない!!!
私が実家に心配かけないようにしてきた心がけを、あっさり踏みにじってくれたなと。
しかも大いなるカンチガイで。
どうしても、私が信心や学会活動に必死にならない事を、主人のせいにしたいんだな、と思いました。
私が活動に出たくないのはあんた達のせいだ、勘違いするなと怒りは頂点に達し。
私は母に怒りのたけをぶつけました。家庭内に問題なんかないよ!婦人部おかしいよ!と
母は「知ってるわよ。だから支部婦さんにも説明したわよ、いい旦那さんなんですよーって。
あなたがちゃんとしないから、誤解を招いてるんでしょ?きちんと支部婦さんに連絡をして謝って
役職の話はお受けしなさいよ」 じゃーまたね、と電話を切られました。
私は気持ちがおさまりませんでした。暴れだしたいほどでした。
婦人部っていったい何なの?!
この出来事から、私はアンチ婦人部になりました。

翌日、支部婦に連絡を取るとしらゆり長を伴って家庭訪問に来ました。
実家の母に電話を入れた事に対し、私が大変腹立たしく思っていることを伝えました。
こっちは心配かけないようにしてるのに、余計な心配かけてくれましたね。非常識ですよ?とハッキリ言いました。
支部婦はこんなに怒らせるような事をしたとは思っていなかったようで、顔がこわばり、しどろもどろでした。
「役職者に向かってなんて口をきくの」と言われましたが、そういう事を言う時点でこの幹部ダメなやつだと
心底見下しました。
それでも役職の面接は受けて欲しいというので「絶対嫌です。行きません」とお断りしました。
後日、えらい幹部(役職は忘れました)と地区婦がやってきて、あなたの気持を確認しないで話を進めて
申し訳なかった。
でも、面接はもう決まっている。やりたくないですと言ってくれて構わない・こちらからも事情を伝えるので、
形だけ受けて欲しいと書類を渡されました。
しぶしぶ了解し、指定された日時に会館へ行き面接を受けました。
担当幹部は
「長い人生です。信心も長い目でみていかなければいけない。大事なことは先生と心をひとつにすることを
 忘れない点。役職があっても無くても、そのことを忘れないでください」と言いました。

後日、私が役職を断った経緯をしらゆり長から聞いた地区婦が
「あなた、支部婦にかみついたらしいわね、やるじゃん!」と嬉しそうに言いましたw
紋切り型で問題解決しようとする支部婦を地区婦はいつも
「支部婦のやりかたは池田先生の気持ちに反してる」と思っていたとのことです。
支部婦が実家に電話したというのも、地区婦的には「それやっちゃおしまいでしょと思った」と言ってくれ、
私の気持ちを解ってくれる人が組織に一人でもいた事は、ちょっとだけ救いでした。

支部婦は結婚してからの信心で、ご主人がかなり上の幹部だったので釣り合いをとるための役職という
一面もあったようです。
これは実際、私の身内でもありましたし、地元地域でもありました。

覚醒後、バリ活のブログを読んでいたら「創価の役職は全て、その人物の人柄と・信心の厚さによって
決められている」との一文を発見して、噴き出して笑ってしまった事があります。
そんな風に真面目に捉えてる人には全く申し訳ないけど、そうじゃない場合の方が多いと思います。
前回も書いた婦人部ヒエラルキーの通り、私みたいな活動から逃げようとした人間に対してだって
女子部長経験者だったからしらゆり長すっとばしで「地区副」をつけようとした、そんなもんです。
人柄やら信心の厚薄なんて関係ありません。 ただのご都合主義です。

こんなだから末端は、みーんな幹部に不満があるんでしょう。
「池田先生がこんなダメ幹部の現状知ったら御嘆きになる・・」云々いう活動家もいるけれど、
師匠は「仏眼」で、ぜんぶ見えている、お見通しだそうですので(本人が同中で言ってたので間違いありません)
なんにも御嘆きになってません。お嘆きだったら是正しますよ、命より大事な組織なのにw
弟子の皆さんには、早く目をきっちり開けて現実を見て欲しいと願うばかりです。

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