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未活時代(12)

未曾有の大災害に接し、普段募金に意識の薄い私も、このときばかりは別だと考え
毎月決まった額を募金していました。
数ヶ月たっても安否が解らない友人が、どこかの避難所や仮設住宅にいるかもしれない。
少しでもその助けになればとの思いでした。
こんな年くらい財務はやめて募金にまわそうって、創価もそのくらい言うよね?
だって「開かれた人間宗」なんだもの。この期に及んで脳内花畑だった私はそう思ってました。
だがしかし、夏の終わりにきっちり申込書がまわってきました。
失望しました。組織はどんだけ守銭奴なんだろうかと、呆れました。
こんな年くらい、やめておけばいいのに。大本営の誰もそんな案を口にしなかったのか?と
がっかりしたんです。
おまけに前年の財務時期、婦人部員が「納金が無ければ事故扱い」と言っていた、
金に汚いイメージもついてまわって。
真心の財務でも、浄財でもなんでもない。こんなもん単なる集金じゃん!
”(商品ないのに)金よこせ・入金が無いなら事故扱いだぞ”って、まさに詐欺そのものw
私は結婚後の財務を「会館使用料」と思って納めていました。
結婚後、夫の分も増えたので、口数を減らしました。
しかしもう何年も会館に行ってません。そんな私が会館使用料をおさめるのは何か違う。
夫なんか全然信心もないしw 真心の財務になってないじゃん、もうしなくていいんじゃ?と
思い始めたんです。

ただ、全部やめてしまう事には大きな抵抗があり、母からすりこまれた「罰論」が気になったから。
「財務をしないと家庭の経済基盤が崩れる」という教え。
本当かどうかためしてみようと思い、この年は私の分だけをする事にしました。
申込用紙を持って来たのは、新任の気の弱いしらゆり長です。
後日、取りに来た時に「今年から私の分だけにします」と伝えました。
何かお咎めがあるのかも?と思ってましたが、あっさり「はい」と受け取り帰って行きました。
後日、振込用紙と、いつもらっても微妙な粗品wを持って来たのは地区婦でしたが、その時も
一人分に減らしたことについて特に何も言われず。
前々回の記事に書いた「納金したら必ずメールください」「それって大本営からの御達しですか?」
「全然ちがいますよ!」の会話はこの時のものです。

経済的に何か不遇な事がおこるのかと、疑心暗鬼でしたが、特に何も変わらず。
至って普通に暮らせる事に安堵すると共に、財務で福運うんぬんって本当、なんなんだろうな?と
思えてきました。
(まぁ、私は福運が出るほどの桁数をやったことはないんですけどねw)

2012年になり、長子が年長児になるため習い事を増やしました。
午後から出ずっぱりで夜に帰宅する事が増え、家庭訪問に遭遇しなくなりました。
帰宅時にポストを見ると、座談会や同中の券が入っており、来てたんだなってわかる感じです。
たまに、気の弱いしらゆり長と外でばったり会う事もありましたが、彼女は私より10歳くらい
若くて人見知りっぽい感じで、頭を下げてさーっと去って行くだけで、楽でした。
足止めしたり、活動にでてこいとヤイヤイ言うようなタイプじゃなかったので。

福運貯金の支部婦とは、顔を合わせずに半年ちかく経過していましたが
偶々、不足しているものを買いに夕方遅く近くのスーパーへ子連れで行った折、出くわしました。
声を掛けられ、会釈だけでスルーするつもりが「ちょっと待って」と足止めを食らい。
ただでさえ混雑しているスーパーに・小さい子供2人を連れて買い物に行く・それだけで
親子ともどもストレスで、早く帰りたかったのです。
長子はお腹が空いたと不機嫌で、下の子も若干ぐずっていました。
支部婦は長子に向かって何か尋ねましたが、長子も私の気分を感じとったのでしょう。
支部婦の問いかけを無視し、何も答えませんでした。
私が「急いでますので失礼します」と立ち去ろうとすると「あーあ、お子さん・・」と
聞き取れない声のボリュームでごにょっと何か言ったのです。
何よ?と思いましたが改めて聞く気にもなりません。この人、会話するだけで疲れるから。
長子の手をひいて店を出、帰宅しました。
数日後、帰宅するとポストに創価ではない宗教団体の冊子が入っていました。
しかもご丁寧にふせんが貼ってありました。ここを読めといわんばかりの。
なんなのだろう?と思って開いてみると、子供が自閉症で悩んでいたがその宗教に入ったことで
子供に改善がみられたというところで、「自閉症」の文字全てにマーカーでラインが引かれてました。
その時は、本当に何なのか解らず、質の悪いイタズラだと思い即ゴミ箱に捨てました。
しかし、しばらく日が経過してハッとしました。
こんなイヤガラセをするのは、あの支部婦しか心当たりが無いと。
支部婦がやったという確実な証拠は何も無かったけど、後年聞いた噂で「さもありなん」と思いました。
それは別の機会に記します。
そしてもう、私は絶対にこの支部婦と話さないと決めました。人としておかしいから。
全て無視してやると決めたのです。
しかし、それから半年間、支部婦が家庭訪問に来ることも・近所で会う事もありませんでした。

この年、主人の親戚がハワイ挙式をするため家族で参加する事にしました。
実家の母に行くと話すと「随分行ってないから自分も一緒に行きたい」というので、現地で合流する
事にしました。
主人は仕事があるので短期で帰国し、義両親や親族で時間に余裕のある人は長めに滞在。
母が主人と入れ替わりで来、義家族が子供達を預かってあげるからお母さんとゆっくり1日観光
しておいでと送り出してくれました。
まっさきに母が行きたがったのが、ハワイの会館です。
父が他界する数年前にも、両親は母方親族といっしょにハワイを訪れ、会館訪問したそうです。
私は全然興味が無かったけど、滅多に見れるものでもないし、見ておこうかなって感じでした。

ワイキキのホテルからタクシーで数十分。街中を抜け、坂道をどんどん上がって行く。
会館はヌアヌの山手にあります。周辺には日本の宗教団体の施設が他にもあり、非常に立派な
要塞みたいな施設もありました(教団名称失念)。
そちらと比べると、創価の会館はこぢんまりしています。
車が無いと来れないような場所です。
会館は外から見ると低い建物ですが、中に入るとすり鉢状になっていて、かなり広い。そして豪奢です。
階段を下りると受付があって、現地メンバーとおぼしき婦人が対応してくれました。
母が広布基金をおさめると言い、私にもやりなさいというので、しぶしぶ用紙に記入し納めました。
ふと会館の傍らを見ると「KO-FU FUND」と書かれた大きな箱がおいてありました。
ポストのような入れ口がついており、上部には申込書。募金箱みたいなものでした。
受付がいないときは、広布基金はそちらで勝手にドウゾって事でしょうか。
中を見学しますか?と、御仏壇のある大講堂へ通してもらいました。
ライブ会場と言うか、ホールのような雰囲気で、ステージ上に仏壇が置いてあります。
日本の会館みたいな須弥壇はありません。
客席(?)部分には沢山の椅子が整然と置かれてありました。畳じゃありません。椅子に座ってごん行や
唱題をするみたいですね。
この部屋の他、大小会議室に、池田先生のお部屋がありますと、さらっとメンバーが話してくれました。
ここでひっかかりました。 えっ?池田先生のお部屋?!
確か、日本の会館にも、もれなく全て池田老人のお部屋があると聞いてました。
私が通っていた地元の会館にもあったけど、白蓮は立ち入り禁止でしたw 
これ以上は入っちゃいけないってエリアがあったんです。なので室内を見た事はありません。
このハワイで、まだマインドコントロール下にあった私ですが
なんで年に1回これるか来れないかもわからないような海外の会館に、自分の部屋が要るのだろう?
感心しないな!と思いました。
15年以上前には「国外はおろか、国内移動もできない。なぜなら命を狙われてるから」って
言ってたじゃん・・。どういう事よ?と思ったんです。
受付の近くに、会合予定みたいなものがおいてあったので見ると「DAIMOKU TO-SO」って
書いてありましたw
題目闘争のことだと思います。
こんな、平和の楽園のようなハワイにおいても「闘争」なんて言葉を使うのかと、たまげました。
ほんと、覚醒したいま読むと「闘争」って、およそ仏の心とは相反するようなワードですよねw
闘って争うんだって。御題目でw 
組織でバリ活やってるときは、何の違和感もない単語でしたが、今は背筋が寒くなります・・。
私は早く街に戻って買い物がしたい(だから早く会館を出たい)と気もそぞろでした。
が、母はせっかく来たんだから!とベンチに座ったり・池田老人の写真パネルに詩が書いてあるものを
しみじみ眺めたりしてました。
私が退屈そうなのを見かねたのか、現地メンバーの婦人が「ハワイ楽しんでますか?何処へ行かれました?」
と声をかけてくれました。
子連れで、結婚式もあったので、まだ殆ど観光してないんですよ・・など答えましたが、
私のダルい態度の奥にある「不信心」を、現地メンバーに見抜かれているような気がしました。
きっと、信心強情なメンバーなら、海外の会館に来る事が出来た!先生もいらっしゃった会館に来れた!と
歓喜wするんでしょうね。 でも私は、そんなこみあげるような思い、何も無かったんで。
「良い旅になるといいですね」と言ってくれ、ボールペンとパンフレットをくれました。
御礼を述べて会館を後にしましたが、なんというか、ハワイのメンバーは日本の婦人部とは全然違うと
感じました。
必死感が伝わってこないのです。
眉間に変なしわなんてなかったし、とても落ち着いて、ゆったりした雰囲気をもってました。
海外のSGIは雰囲気良いと、他ブログで拝見したのですが、本当にそうなのかもしれません。

覚醒後、ネットで全国の会館に池田老人の部屋があるという情報を目にした際、
その部屋だけは最高の建材を使って豪華絢爛・贅を尽くしてあると書いてありました。
(矢野氏の手記です)
しかも池田老人以外はその部屋を使っちゃいけないって御達しだそうですね。
一度も行く事のないであろう会館でも、その仕様。
そのことを「執念にも近い自己顕示欲」だとも。 本当に、その通りだと思います・・。
国内会館の池田老人部屋は、平成7年に国会質問でも問題にされたようです。
参議院会議録情報 第134回国会 宗教法人等に対する特別委員会 第6号 楢崎泰昌議員の質問)
税務調査が入り、改築したりで隠ぺいをはかったそうですが、
海外(ハワイ)はそのままにしてあるって、なんともお粗末だと思いました。

後日書きますが、毛沢東思想(個人崇拝)なんですよね、姿は無くても部屋を作らせるって。 
こんな実態をも有り難がっている、池田老人を師匠と崇める現役バリ活たちが、不憫でなりません。
先生、先生と目を輝かせ師匠を求めるバリ活は、北朝鮮の住民となんら変わらないんです。
民主主義国家の日本にありながらも、プロパガンダにより完膚なきまでに洗脳されている。
けれど本人たちはまったくそのことに気が付いていない。情報化社会にあるというのに、見事なまでに
情報統制されているのです。
これは、とても恐ろしい現実だと思います。

虚構の王国が崩壊する時、バリ活たちはどうするのか。
女子部時代に大幹部から聞かされた指導が、いまも忘れられません。

「弟子というものは、いざという時、まっさきに師匠の元へかけつけなければなりません。
師匠の一大事のとき、一体どれほどの人が師匠の元へかけつけられるのか。
「先生!」と声をあげ、何を差し置いても、まっさきにかけつけることの出来る人が
 どれほどいるのだろうか。
 弟子が師匠を求めていくということは、常にそのいざという時のための訓練なのです。
 いざという時、かけつけられないようでは本物の弟子ではありません。
 そのいざという時が、明日なのか、10年後なのか、20年後なのか、30年後なのかは
 誰にもわかりません。
 その「いざという時」に本物の信心が試されるのです。
 青年部で闘って闘って闘いきって、師匠をどこまでも近くに感じる事が大事なのです」

”いざという時”って何?
肝心の、いざという時について、大幹部はひとことも説明しませんでした。

当時の私は、いざという時=池田老人ご臨終しか思い浮かびませんでした。
師匠のいざという時に、どれだけの弟子が師匠を求めて行けるのか云々って、
師匠が死んだら自分たちもあとに続けって事? 殉教?
有事の所作を教えられていたのでしょうか、ぞわっとします。
これはあくまでも、私個人の解釈です。別の人にはまた違う解釈があるのかもしれません。

そんな、くだらないことで命を落としてもらいたくない。
世の中にはもっと有意義で楽しい事が山ほどあるのに、そんなつまらない事に殉じないでほしい。
だから、一日も早く、覚醒して欲しいと願います。
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