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実事求是(1)

今日から覚醒直後~一年間のできごと・
葛藤、偽本尊問題、信仰や御本尊様に対しての捉え方・考えの変遷を綴って行きます。

覚醒といっても、人それぞれ段階があると思います。 
組織の矛盾に気がついたからって、すぐさま脱会届を出して、御本尊様をどうにか処分する、
私はそんな思い切りのいい行動がとれたわけではありません。
なんせ、40年以上もマインドコントロールで・罰論でがちがちに縛り上げられ、
尋常ではない精神状態に置かれていたのです。
正気に戻るには、それなりの時間が必要で、現在進行形でリハビリの最中だと自覚しています。


@@@

創価学会が、宗教をかさに着た巨大搾取集団だとハッキリ気づいてしまった日。
子供達を寝かしつけたあと、明け方までインターネットを見ていました。
これまで意識してかせずか・ネットで探ろうとはしなかった創価のダーティな部分を検索し続け、
夢中になって眠れませんでした。
掘れば掘るほど、出てくる情報。
玉石混交で、そのすべてを鵜呑みにするわけじゃないけれど、自分が実際に感じた・察した事と
近似する事実を発見しては、やっぱり自分の抱えていた疑問、不審点は間違いではなかったのだと、
ひとつひとつ確認する作業にのめりこみ。
暫く、そのような日が続きました。

数日経過し、自分が何故にこんな悪どい宗教団体を信じ切ってしまっていたのか疑問をもちました。
どうして途中で気づけなかったのか?
チャンスはいっぱいあったはずなのにと、不思議でたまらなくなったんです。
自分自身のことであるにもかかわらず。

また、自分を取り巻いていた創価学会員(バリ活)の事を考えても、信じられない思いでした。
あまりにも多くの人がきれいに見事に騙されちゃってるという現実。
自分より人生経験のある母や母方親族もだし、女子部の先輩方、同期、地域の学会員の皆さまがた。
みんな真面目で熱心で一生懸命。
私がこれだけ創価に辟易しているこの時にあっても、目を輝かせて「先生と共に闘える弟子は
自分たちしかいない!」なんて、頑張ってる人がいっぱい居ると言う事実。
私の身近なところに、脱会者はいませんでした。
宗門問題から数年後に、地元の幹部と部員さんが法華講に移った事はありましたが、親しいわけじゃ
なかったから特に実感もなかった。
少なくとも、私の周囲には、創価に辟易してると口にする人はいなかったのです。
未活や非活もいましたが、創価について意見するなんて事もせず、静かにしていました。
けれど、それは当然のことかもしれません。異論を唱えたら罰が当たると刷り込まれてきたのは
メンバー全員。
みんな、内心思う所がやまほどあったって、吐きだせなかっただけじゃないかと思うんです、今は。
私はそんな事にもすぐには気づけず、一人孤独に思い悩みました。
誰にもこんな事、打ち明けられない。
地元の同期に話したら「何バカな事いってんの!」とお叱りを受けそう。
「私もそうおもってたんだ!」なんて言葉が出てくるシーンは、まったく想像できませんでした。

ひとり思い悩む中、次から次へと疑問がわきあがってき・さまざまな思いが洪水のように溢れて
訳が解らなくなってきました。
いまいちど、自分のこれまでの人生と・切っても切り離せなかった信仰と創価について細かく・冷静に
振り返る必要があると感じました。
そこで始めたのが、非公開式で綴るブログ。
ノートにペンで書くよりもキーボードを打つ方が早いし、なんとなく気楽でした。
だがしかし、いざ開設しても、はじめの1週間は何も文章を打ち込む事が出来なかったのです。
いざ何か書こうとしても、思考停止。
頭が真っ白になり、手指が震えて冷たくなり、キーボードが打てません。指がガタガタ震えるんです。
恐怖に怯えていました。罰論の恐怖に。
こんな経験は初めてでした。
これまで40年以上も、創価や信心に対して反対意見をもつことを禁じられてきたのです。
心で思っても、口に出す事は出来なかった。それを「文章にする」ことも、とんでもない罰当たりな
行動なんじゃないかと、恐ろしかったのです。
どれだけ仏罰を恐れていたか・罰論に心を縛り上げられていたのか、よくわかるエピソードだと思います。
心の中はもやもや。吐きだしたい事が渦巻いてると言うのに、身体(手指)が動かない。
これほどのマインドコントロールもないように思います。
自身の過去を冷静に振り返る事さえ許されないほど、罰論の刷り込みはキツいものがありました。

ブログを放置状態で次に私がやった事は「脱会後 ブログ」このキーワードで検索でした。
自分と近しい状況の、できれば女性脱会者・組織決別を意識した非活者のブログが読みたかった。
幾つか発見できたものの残念ながら2-3年前に更新をストップしているものが多かったです。
私が知りたいのは「現在進行形」で、罰に会うこと無く普通に暮らせている脱会者のブログでした。
とにかく安心したかったんです。 
仏罰なんてないんだよって、誰かに「今」言って欲しかった。
できれば女性に・・。男性のブログは、現在進行形で更新されているところ、結構あります。
そちらにお邪魔しつつも、ロム専門でした。 
何か意見を書きこむ事さえ怖かったんです。罰があたるんじゃないかとw
本当にどれほど臆病だったのでしょうか。
今、当時の自分を振り返ると、まるで他人を見るようです。

現在進行形の女性ブログ(まったく無い事も無いんです、法華講に移られた方は気を吐いてますw)が
ないなら、自分がやればいいんじゃ?と思い当たりました。
私みたいに、仏罰を恐れ、不安でぐるぐる巻きになって怯えている人が、他にいるかもしれない。
そんな人が一人でもいるなら、私の決心を綴る事もだれかの役に立つのかもしれない。
やっとブログを綴り始める事が出来たのですが、1ヶ月は非公開にしていました。
まだ怖かったんです、公開して誰かの目に触れる事で罰が当たったらどうしよう?ってw
しかし、記事をある程度かきためて、繰り返し読むうちにだんだんと落ち着いてきました。
自分の過去を冷静に振り返ることで、間違いにも沢山気づけたし、自分が混同していた問題点
(信仰と、学会活動は全くの別物だってこと)もクリアーになり、仏罰を恐れなくなり。
そこから公開にしました。

生い立ちから書きつづる中、第一の分岐点はやっぱり、宗門問題(破門を受けた時期)にあったと
思い当たりました。
宗門と創価の別れの理由も、聖教新聞紙上を読んだのみで
「宗門側からの一方的な破門」と受け止め、自分で確認しようともせず(というか、当時はネットも
無く、手軽な方法は何も無かった)。
就職しOLになって、わけもわからぬまま誘いにやってきた女子部のメンバーに促され会合デビュー。
職場の悩みをご祈念で解決した(と思いこんでしまった)ことから、バリ活へ。
幼少期から、母親の刷り込みはあくまでも
「日蓮大聖人様の教えはすばらしい・御本尊様にお題目をあげることで願いが叶う・法をひろめる事に
 功徳がある」ということ。
女子部の活動をするようになっても、この3点に重きを置いていました。
新聞推進や、選挙応援や、財務に対し意識が低かったのは家庭教育の賜物だったと思います。
池田老人が私の信仰の中心や、上位に来る事は一度もありませんでした。

繰り返しになりますが、私は「師弟観」が皆無です。
池田老人は創価の偉い人・代表者という認識でした。
でも代表者だから=団体のオーナーだとも思ってませんでした。
また、教祖だとも思って無かった。 
あくまでも私は日蓮大聖人様の教えを信じている。 
池田老人のスピーチや指導は、日蓮大聖人の教えを現代解釈として伝え、世間一般へ布教のために
やってると思ってました。 宣伝部長的な立ち位置だと解釈していたのです。
詳細は知りませんが(というか、知ろうとしなかった、めんどくさかったんです)海外の著名な
学者さんや政治家と対話を重ねるというのも、日蓮仏法を広く世の中に伝えて行く為にやってるんだと
思ってました。
池田老人は、日蓮仏法の「語り部」という認識だったんです。
だからといって、特別偉いとか世界一素晴らしいなんてこと思いませんでした。
人間革命も、白蓮時代に全巻読了しました。 けど、池田老人に対して幻想など抱きませんでした。
けなげに戸田先生につかえた一番弟子だったんだねー、程度にしか思わず。
逆に戸田先生や牧口先生がすごいんだ、との感想を持ちました。
(ちなみに新・人間革命は殆ど読んでませんw)

私が池田老人プロパガンダに罹らなかった最大の理由は、母が池田老人に対していいイメージを
持っていない・好きになれないと語った事にあると思います。 
私が高校生のときで、まだ宗門問題が表ざたになっていない時代でした。
母が青年部の頃、とある会合に池田老人が遅れてきたときのエピソードを聞きました。
池田老人が会長になって数年の頃だと思います。
詳細は伏せますが、母がそのときの池田老人の振る舞いを見て「感心しなかった」という話を
私はずうーっと、覚えてました。
要は横柄で、偉そうだったって事なんですけどね。
その後、女子部へあがってから聞かされる池田老人エピソードとは大いなるギャップがありました。
先生はどんなときでも「一人」を大切にされる云々。
どんな人物に対しても、敬意をもって接される。一流の人格者とはそういうもの云々。
それらの美談と、母から聞いた話は、真逆でした。
私は母が嘘を言ってるとは思えませんでした。なんといっても信心の直接の師匠は母だからw
会った事もしゃべったこともない、池田老人よりも、母の方が信用できます。
たった1度だけのことなら、思いすごしとか、たまたま池田老人がそのとき体調不良か何かで
不遜な態度だった等も、あるかもしれませんが、不遜な態度は1度では無かったのです。
女子部の会合で幹部が笑顔でさわやかに語る「私たちの先生像」を、内心「そうとは限らないよ?」と
思いながら聞いていました。
だけど正面切ってそんなことを幹部や同期につきつけたりはしなかった。
そんな事したら問題児扱いになる事くらい私も空気を読んでいました。
内部にありながら、そのような池田教に浮かれる人達を冷ややかに見て、楽しんでいたかもしれません。
でも、そんな”上から目線”の私も、もれなく池田教に搾取されてたんだから、
同じ穴の狢で馬鹿にかわりなかったんですけどね。

この件に関して、覚醒後に実家の母に問いただしてみました。
好きになれないって言ってたじゃん。だのになぜ、池田老人率いる創価に居続ける理由が
あったのよ?と。
母はいいました
「結果を見て。池田先生は、世界に広宣流布したじゃない!
 戸田先生の(師匠の)夢をかなえたのよ。弟子の模範なの」と。
個人的にいけすかないとは思ってたが、偉業(?)を成し遂げたから立派な人なんだと思いなおした、
見直したと語ってました。
私はその、世界広宣流布も懐疑的に見ているため、母のこんな後付け肯定に納得できません。

しかし、母のきょうだいで・同時期に女子部で活躍していたおばはずーっと池田老人命です。
すっかり心酔してます。 個人崇拝も甚だしいって感じです。
母は、家庭を犠牲にしても組織に尽くしてきたおばを
「私には到底真似できない、信心強情だ」と評しています。
池田老人のどんな魅力wが、おばを60年以上の長きにわたってそうさせているのか興味があります。

創価は表向き「日蓮大聖人」を宗祖としている。
そんな事情から”池田老人を師匠と思えない奴は創価からいますぐ出て行け!”と号令かけたりは
しません。 (号令、かけてくれたらよかったのに・・)
どんなに池田老人のことを好きじゃなくても、尊敬できなくても、どっちかといえば嫌いでも、
大っぴらに声を上げなければ・おとなしくしてれば、問題児扱いはされなかった。
だから私のような人間でも創価にいることが出来ました。

次に、私がどうして組織内で問題児扱いされないことを選んだのか?という疑問にぶちあたりました。
なにゆえ本心を隠して組織に居続けたのか。
その理由は「創価に所属して学会活動をやっていれば功徳がある」と思いこんでいたからに
他なりません。
当時、個人信仰なんて思い付きも・考えもしませんでした。
信仰する=どこか団体や寺に所属しないと出来ない事だと思いこんでたんです。とんだ間違いでした。

また、暫くたって思いだしたのは「無疑曰信(むぎわっしん)」この姿勢を、幼少期から
叩き込まれてきた事。 
これも思考停止へ導く最強キーワードなんですよね。
何か悩みや問題にぶち当たった時、私の母はこう言いました
「方や策に走ってる間はなにも解決しない。ただお題目を唱え抜く事しか解決法はないんだよ!」
御書の「なにの兵法よりも~」を持ちだしてこう教えました。
40代のいま、これを思い返すと、とんでもない事を教えられたものだなと背筋が寒くなります・・。
現実的な手立てよりもご祈念ってありえませんよね。
自分の子供にこんなこと、絶対教えませんw 正しい努力なくして何事もなし得ないと教えます。

しかし私は母から「とにかく疑うな、ただ信じ切れ、祈りぬけ」と教わりました。
「頭で考えてるうちはダメ」これは女子部時代に幹部からも言われたことです。
私はかなり理屈っぽいほうです。 くどい文章を読んでいただければ察してもらえると思いますが。
頭で考えるな、といわれるほうが無理でした。
でも、それが素直な信心に反する姿勢と言われ、気にしたこと何度もありました。
そういえば部長時代、幹部にこんな事も言われました。
「あなたは声聞・縁覚なのよね。賢いの。
 だけどそれでは仏になれない。成仏はできないんですよ」とw

思うに、私は何度も創価や池田老人がどうかしてる事には気づいてたし、解ってた。
けれど、それを口に出したり反逆したりすることは「無疑曰信」に反する行動だから控えてた。
組織内ルールに従っていたんです。
私はご本尊様を絶対だと言う事に関しては、自信がありました(敢えて過去形にします)。
でも、御本尊様「だけ」を抱きしめて、たった一人で信仰するという行動はとれなかった。
きっと組織を離れることが怖かったんだと思います。
今となれば、創価という組織に特別な法力なんて皆無であることがハッキリ理解できるのですが、
組織じたいに得体のしれない力があるのではないか?と、ずっと恐れていたのです。 
もうオカルトです、はっきり言って。


余談:覚醒直後に開設したブログは、このブログとは別のものです。 
今年の春先に運営側のパスワード流出トラブルがあり、ログイン不可となり更新できなくなりました。
このブログは、以前のブログ記事を再編集し、新たに書き加えたものです。
過去の下書き(ストック)があったから毎日更新できたのですが、そろそろストックが尽きます。
更新が3-4日に1度になる事も、今後あるかと思いますがそのような事情ですのでお知りおき下さい。
また「脱会を考えたり、非活になったり、実際脱会しても不幸にならない。普通に生活出来る」
それを伝えたくて始めたブログなので、私は出来るだけ細く長く更新を続けたいと考えています。
いずれ創価ネタが尽きたら全然関係ない事も書いていくつもりです。
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