世界平和 理想と現実

最近の創価は功徳を求めないそうです。
功徳信心ではなく「世界平和」のために創価に尽くしている人達がいる(現在進行形)。
この「世界平和」というスローガン、戦後教育で育った日本人の幻想なんですよね。
”世界平和、世界市民”なんとも耳当たりの善い言葉だと思います。
純真に創価が平和団体だと信じる人達は、心のもちようひとつでそれが成し遂げられるはずだと
創価仏法を池田哲学を語り広げているのでしょう。
しかし、そういった人達はハッキリ言えば世間知らずです。
創価に目を塞がれて、世界の現実を知らない。
何故に世界で紛争がおこるのか。千年以上今なお続いているのか。
それが宗教から来るものだと理解していないと思います。
もしくは「(海外の人は)外道なんか信じてるから」と誤変換しているのでしょう。

創価と同じく、「自分たちだけの正義」をふりかざすから紛争やテロがなくならないのです。

日本生まれの数多くの仏教宗派や神道は、他宗派を排除したりしません。
そこには日本人ならではの「和」を重んじる精神が根付いているからです。
日蓮の教えだけが、キリスト教など外国の宗教との共通点を持っています。「絶対正義」です。
自分たち以外の真実・正義はありえず、他のすべての宗教は正義ではない、だから排除しようと
するのです。
(注:厳密に言うと、一神教は「仏(仏教)」を敵対視しません。あくまでも「神」を争点にします)
これは危険な思想ですが、創価脳の多くは「良かれ」と思って折伏を行っている。
「相手の幸福のため」だと思わされ、やっている。
しかし実際、創価脳の人達がやっていることはその質は違うとはいえ、精神性はテロリストと
変わらないわけです。
テロリストも自分たちが「悪」だと思ってやっていません。
善で正義だと思ってやっているのです。
創価脳は「一緒にするな!」と怒るかもしれませんが残念ながら同じです。
そのあたりの事は、ぜひ自分で勉強して欲しいと思います。

私のお勧めの書籍は井沢元彦さんの「世界の宗教と戦争講座(決定版)」です。
大変わかりやすい内容で、読めば世界の三大宗教のあらまし、「日本の常識は世界の非常識」の
アウトラインが解ると思います。
そして日本人の感覚に、実は創価のやりかたはそぐわないものだということも理解できると
思います。

話は変わりますが、いま私はユダヤ教についての本を読んでいます。
選民思想とはユダヤ教を信じる人の「特別感」なのですが、これが創価の信仰をたもつ「優越感」と
似ていると思った事から、ユダヤ教に興味をもち、調べているところです。
またまとまり次第、記事にしたいと思っています。
ふと読書の最中に
「そう言えば、昔、創価でホロコースト展やってたよなぁ」と思い出したのです。
女子部時代、友人を連れ出して見に行きましたっけ。写真展示が主体だったことくらいしか
記憶にないのですが・・。
(ご存じない方へ。正しくは「勇気の証言 アンネ・フランクとホロコースト展」でぐぐって下さい)
で、一体どうして創価がホロコースト展を行ったのか?
当時は全くそんな事に興味を持ちませんでしたが、急に気になり、ネットで調べました。
いろいろときな臭い事柄が出てきましたがw そんな中で見つけた池田老人の指導がトンデモで
度肝を抜かれました。 覚醒した今、これを読むと、ちょっと信じられない感じがあります。
とてもじゃないけど平和を標榜する団体の長が言う事じゃないですね。
そして、原理主義をありありと感じてしまうのです。
以下、転載します。


1999年2月5日(金)聖教新聞

2月度全国県長会議での池田名誉会長のスピーチから

<正義を勝たせよ、執念の闘争で>


アメリカのロサンゼルスに、ユダヤ人迫害の記録をとどめるセンターがある。
サイモン・ウィーゼンタールセンターである。私も招かれて、牧口先生の殉教について、講演した。
(1996年9月)先日も代表が、ホロコースト展のために、来日された。
このセンターの名前は、ナチスの強制収容所の生き残りである、サイモン・ウィーゼンタール博士の
名前から取っている。

 博士は、今年91歳になる。今なお、オーストリアのウィーンで、ナチスの悪を追求する闘いを
続けておられる。悪人達からは『ナチハンター』と、恐れられてきた。
これまで、発見して法廷の裁きにかけたナチスの残党の数は1200人。
博士の闘いによって、ナチスを永遠に許さない、という国際世論は高まった。逮捕されなかった人間も
恐れおののいて、枕を高くして眠ることは、永久にできなくなった。
悪人がどこに隠れていようとも、草の根を分けてもの執念で、世界中の情報を集め、ありとあらゆる方法を
考え出して、悪人を追いつめてきた。しかも、博士は、いかなる公的機関の支援も受けていない。
民間人として、個人的な寄付に支えられて、活動を続けてきたのである。
敵からたたかれ、妨害され、命を狙われ、悪評のデマを流されながら。博士は、世界各国から、栄誉や勲章、
名誉博士号を受けたが、国内では批判にさらされてきた。博士は言う。


「私が何十年間も闘ってきた相手は何か。それは、『忘れる』ということに対してなのです。」

戦後すぐの時期は、ナチスへの怒りに燃えていた人々も、時間とともに、「もういいじゃないか。」という
雰囲気になってきた。被害者であるユダヤの同朋にさえ、「もう嫌なことは忘れたい。」という空気が
あったという。「もう時効にしよう。」という動きもあり、実際、時効が成立する寸前までいった。
しかし、博士は叫んだ。

「道徳上の義務に時効はない。正義の実現に期限なんかない。」

博士等の運動によって、ドイツ・オーストリアは、殺人と、殺人幇助について時効を廃止した。
徹底的に、悪は根絶やしにしなければ、将来また、悲劇は繰り返される。そんなことが許されようか。
6百万人(注:六千万人)ものユダヤ人が殺された。博士自身も、十数もの強制収容所を転々として、
生き残ったのは、奇跡でしかなかった。だからこそ、生き残ったものの義務として、人々に、断じて
忘れさせてはならない。と、闘い続けるのである。

 創価学会も、宗門と、党の悪人に、一千万の同士の真心が踏みにじられた。皆がどれほどの思いで
彼等を支え、護ってあげたことか。選挙の支援活動の途上で、事故で亡くなった人もいる。
信念のために殉じた。いわば、殉教である。その人達の犠牲を思っただけでも、議員の裏切りは、
断じて許せない。坊主についても同じである。永遠に許してはならない。


 博士は、訴える。「忘れたいなんて、安直すぎる。」と。

[私達が死んだら、みんな天国へ行くだろう。天国では、ホロコーストの犠牲者達と一緒になる。
彼等は、私達に先ず聞くに違いない。『君たちは、運がよかったね。生き延びたんだから。君たちの余生は
贈り物だ。その贈り物を君たちはどうしたのかね。』ある人は言うだろう。「私は、実業家だった。」
また、ある人は言うだろう。「弁護士をやっていた。」次の人は言うだろう。「教師をしてました。」

私(サイモン・ウィーゼンタール博士)は、こう答えるだろう。『君たちのことを忘れなかったよ。』
(『ナチ犯罪人を追う』下村良和訳・時事通信社)]

 今、日本も戦争の悲惨さを忘れさせよう、アジア侵略の歴史も忘れさせよう、という風潮が高くなって
いる。極めて危険な傾向である。だから、私達が立ち上がる以外にない。

博士の執念に対して、いつもこう言われた。「もういいじゃないか。そんなに神経を尖らせることはない。
悪人とは言え、個人をそこまで追求するのは、やりすぎではないか。」非難ばかりであった。
しかし、博士は、断固として追求をやめなかった。

「私は、個人的な復讐を求めているのではない。私は正義を求めているのだ。
悪事を犯した人間を、そのままのうのうとして、安楽に生きさせたとしたら、この世の正義はいったいどこに
あるのか。
社会は、正義の土台が崩れてしまう。人間性への信頼を取り戻すためには、絶対に悪を放置しては
ならないのだ。」


(注:私が「エッ?!」と思ったところに下線を入れました)

1999年といえば私は活動家だったのですが、こんな指導まったく記憶にないです。
新聞をまともに読んでなかった証拠ですねw
ただ「断じて悪を許してはならない」という言葉は、当時いやというほど繰り返し聞いていました。
自身の一凶を「宗門を責め抜く心が足りない。悪を断じて許さないとの執念がそこにないから
(一凶を)断ずることができないんだ。師匠の敵を見て見ぬふりするからだ」なんて指導を
中央幹部がするような時代でした。 今はどうなんでしょうか。

しかしまさか、池田老人の個人的な思い入れ+SW博士へのオマージュ&シンパシー込みで、
ホロコースト展を開催していたとはw驚きです。 
でも残念ながらそんな思い入れ末端会員にみじんも伝わって無かったです。
ただ連れ出せ~報告だ~あと何人・・って感じで、その意義までは解らなかったですね。
少なくとも私のいた地域組織では「平和を訴えるために外部を連れて展示を見に行こう」という
打ち出しでしたが。
まさか宗門と・脱会した議員さんに向けての「あてつけ」が含まれていただなんて
全然わかりませんでしたw
宗門も元議員さんも、ナチスと同格にされるだなんてお気の毒です。大量殺戮なんてやってないのに。
なんだかあまりにも飛躍しすぎていて、ついていけません・・。
被害妄想が過ぎる、と思います。 
宗門から切られたのは誰のせい?議員が離れて行ったのも誰のせい?
まるで自分が一方的に理不尽な迫害を受けた側を装っているとしか、私には思えません。
そして自身の憎しみの対象を「全会員の敵」にすり変え、一斉攻撃せよ・正義の証明のためにも
忘れることなく追撃の手を緩めるな・水に流してたまるか!と指導していただなんて、
呆れて開いた口がふさがりません。
それとこれとを結び付けて語るなんて、一神教のため・政治思惑のため・多くの命を失うこととなった
ユダヤ人の方々に対し失礼ではないか?と私は感じます。

創価脳バリ活は、こういった池田老人の言葉を素直に「そのとおりだ!」と受け止めていたのでしょうか。
だったら恐ろしいことですよね。
マインドコントロール下にある状態でこの指導に触れられなかったことが残念ですが、もし私が
当時これを読んでいたら、脱会を考えるところまでいかずとも、池田老人を大きく見下げたと
思います。もともと尊敬の念もないですし・・。

また、敵からたたかれ、妨害され、命を狙われ、悪評のデマを流されながら。
博士は、世界各国から、栄誉や勲章、名誉博士号を受けたが、国内では批判にさらされてきた。

この部分、読めば読むほど味わいがありますw 
人権団体の長と自分を重ね合わせていたのでしょう。 勘違いも甚だしいと私は感じましたが・・。
側近の誰も注意しなかったんでしょうか。できるわけないですねw

池田老人が自虐史観にこだわっている人物だということも、私はわかって無かったんですが
(日本人じゃない的な噂がネット上にありますが・・)会合でこんなことを言っていたという事実に
たまげました。
”私たちが立ち上がる以外にない”って・・いやいや。 あんたと一緒にしないで、と思ってしまう。
しかし池田老人も、スゴイ時期に雲隠れしたものですねw
今の時代にこんなこと発言していたら、どうなることか。自公政権なんてあり得ないことですよね。
今現在も、かなり無理があるけれども。
安倍首相の掲げる「戦後レジームからの脱却」と、池田老人が1999年当時とはいえ話している内容は
真逆なわけですから。 そういったことを学会員はなにもわからず、功徳選挙で応援している。
そんな政権与党、日本のためにならないと私は思います。
こういった事柄を、選挙を頼みに来るバリ活に言ってやるのもいいと思います。馬耳東風でしょうが。

私が創価の矛盾に気付き決別を考え、自分のそれまでの学会員としての人生を振り返った時、
痛恨だったのはあまりにも「無知」であったことでした。
まったくといってよいほど世の中を知らず、不勉強でした。だのにすべてをわかった気になっていました。
信心さえしていれば万事大丈夫、妙法をたもつ特別感という堕落した思考の下にあったからだと
思います。

世界平和も同じく、創価仏法を語り広げてゆけば・お題目を唱え抜けば成し遂げられるだなんて、
簡単に考えないで欲しい。
せめて世界の宗教事情を教養として理解してからもう一度、本当に創価仏法で
世界平和が成し遂げられるのか、よーく考えてみてほしいと現役活動家の方々に望みます。
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