さわらぬ神に祟りなし(2)

前回「入会してくれなきゃ結婚しない」という横暴な創価脳との結婚は諦めた方が身のため、と
書いた事に対し「それは言いすぎではないか」と非公開コメントを頂戴しました。
根拠なく書いた訳じゃなく、身近な創価脳の女子部に上記理由で(自らの意志で)破談にした人が
数人おります。
彼女らは振り幅がなく、四角四面で融通がきかないのです。それは信心だけではなく、日常生活に
おいてもそんな傾向が見受けられます。
だから縁を逃してしまった(現在進行形)と私は見ています。
こと恋愛関係において、外部の相手に信心や入会を迫る創価脳の基本は「傲慢」です。
本人は「慈悲の行動」と思っていますが、実際傲慢以外の何ものでもありません。
これは私の経験上から言えることです。

結婚を引き換えに入会を迫る様な人は、入会したら次は「活動して欲しい」と要求します。
ごん行や唱題は勿論の事、会合参加や聖教新聞を読む事、その他もろもろ。要求は際限ないでしょう。
”信仰に生きることこそ我が喜び”なので。
配偶者にもそれを望んでいるからこそ「入会してくれなきゃ結婚しない」という言葉が出るのです。
また、活動を強要しない場合は「亭主元気で留守がいい」を地でやられると思います。
昼夜活動にかけずりまわる専業主婦の創価脳妻。
家事がおろそかでも・生活を切り詰め創価に財務や多部数新聞購読etcで主人の稼ぎを貢いで
しまっても・黙っていてくれるなら主人は未活でも一向に構わないという人も多くいます。
これは学園卒の女子部から聞いた話ですが、学園生向けの池田老人の結婚指導に
「結婚相手を選ぶ条件の第一は経済力」という言葉があるんだそうです。
人柄よりも性格よりも「経済力」w わかりやすいです。 
婦人部は何が何でも専業で組織に尽くし、高収入な主人の稼ぎはソックリ創価に貢ぐべしって
感じでしょうか。
私の親戚がこの「亭主元気で留守がいい」を地で行く元女子部でしたが、御主人の浮気が原因で
離婚しました。
身内は総攻撃とばかり御主人(かたちだけの入会でした)を批判しており、その件を聞いた
当時の私は創価脳だったので
「幸せになるために信心(学会活動)してるのに、どうしてそうなるのかなー?」と
不思議でなりませんでしたが、覚醒した今は「さもありなん」と御主人の気持ちを察します。

そういえばこんなことも。
女子部時代の友人で、外部の彼を折伏しようと頑張っていた子がおり、時折悩みの相談に
のっていました。
彼女は「どうして私の大好きな物(創価や信心や池田老人)を彼がわかってくれないのか?
彼に先生や学会を好きになってもらえないから悲しい」と涙ながらに言うのです。
私は、この考えに全く賛同できませんでした。
”音楽の趣味や食べ物ならまだしも、宗教は違うだろ”と内心突っ込んでいました。
いくら相手の事が好きでも、絶対に受け入れられない事もあるはず。それは宗教に限らず。
人それぞれ好き嫌いや違いがあって当然だし、そんな部分も互いに認識しつつ、和を保って行く。
それが「人付き合い」というものだと現在の私は思います。
自分の好きな物を、相手にも同じように好きになって欲しい。これも傲慢じゃないかと思います。
ちなみに件の彼女は彼を折伏しきれずに別れ、のちに男子部と結婚しました。
内部同志だと利害が一致するので、楽なのだと思います。
二人は現在もバリ活夫妻として上手くいっています。

話を私の未覚醒期間のことに戻します。

結婚後、初の年越し~お正月は主人の実家で過ごしました。
紅白歌合戦を見終えると、義父さんがいそいそ支度を始め「行ってくる」と家族に声をかけました。
義母さんは「いってらっしゃい」と見送り、当時未婚だった主人のきょうだいが「自分も行くから
待って」と上着を取りに行き、義父さんと出て行きました。
私が「え?」という顔をしていると義母さんが「おとうさんは毎年この時間にOO様(神社)へ行くの」と。
深夜に1か所目・元旦の昼に2か所目・3が日のうちに少し離れた3か所目の神社と3度初詣をするのです。
私は「すごいですね」と言うだけでした。
自分も一緒に行きます!とは絶対に言えませんでしたし、行く気も無かったです。 
翌日(元旦)の午後に、既婚の義きょうだいが義実家にやってきました。手には破魔矢が。
義きょうだい夫妻は必ず、氏神様への初詣を済ませてから義実家に挨拶に来る事が解りました。
のちに未婚のきょうだいも結婚し家庭をもちましたが、やはり必ず初詣を済ませてから義実家へ来ます。
主人だけが、私の手前それをせずに義実家へ上がるという風で、そんなことが8年間続いていました。
また、私は義実家の仏壇には便宜上、手を合わせていましたが(御先祖様への挨拶として)、
神棚に拝礼をしたことは一回もなかったのです(拝礼方法も知りませんでした)。
主人のきょうだいの配偶者は、どちらにも必ず手を合わせます。
私だけがしていませんでした。が、昨年のお正月までそのことをなんとも思っていませんでした。
理由は「義両親に私の信仰(創価であること)を認めてもらっているから」。
大きな顔してればいいって、思っていました。
義両親も内心どう考えていたのかは全く不明ですが、そんな私に対して、本当に一回も・なにも
言いませんでした。
通常、嫁入りしたのなら嫁ぎ先の仏壇、神棚にごあいさつくらいはして当然です。
かたちだけでもやっておけばよかったのに、私は頑なに神棚を拒んでいたわけです。
理由は勿論、創価で神道は「外道」とされているからです。
昨年覚醒し、義両親に対して申し訳なかったと思ったのと・我が子にきちんと一般人としての作法を
知っておいてほしいと強く思い、私から義両親に「(初詣)一緒に連れてってください」と
今年のお正月にお願いしました。
一度も行った事が無いので、恥ずかしながらお作法(拝礼方法)も知りません。教えてくださいと。
義両親はたいそう驚いてましたが、元旦の朝一で氏神様に連れて行ってくれました。
丁寧に作法も教えてくれ、私は40年以上も創価の非常識+母の教えに縛られて、一般常識としての
神社参詣ができなかったことを恥じる思いでした。
母親が非常識であることほど、子供にとっての不幸は無いと思います。
母親の非常識や無知のせいで、子供が一般世間・社会に出た時に恥をかくことがあるからです。
(もっとも私は、覚醒するまで創価の常識を押し通す事を「恥」とも思わない厚顔ぶりでしたが・・)
覚醒して本当に良かったとこの時、思いました。

そして初詣後、義両親は私に「どういう風のふきまわし?」的な事は一切質問してきませんでした。
「皆でお参りが出来てよかった、いい一年になるね」と言っただけです。
結婚して8年間、一度も初詣に行こうとしなかった私です。急に連れて行って下さいだなんて、
怪しいと思われて当然だと思うのですが、本当になーんにも聞かれませんでした。
(主人には年末に脱会意志を伝えてありましたが、義両親にはまだ何も話していませんでした)

話が前後しますが、覚醒の伏線となった義母さんとのやりとりがあります。
4年前、父の葬儀のあと、2週間ほど子供(長子)を義実家に預かってもらっていました。
自宅に帰る事になり、子供を迎えに行ったさい義母さんが昼食を作って待っていてくれたので
ごちそうになり色々と話をしました。
葬儀できょうだいや父方のおばと喧嘩になったことは黙っていたのですが、義母さんから
「お兄さん(私の兄)、すぐ帰っていかれたのね。お仕事が忙しいの?」と尋ねられ
心の弱っていた私は思わず、実は葬儀方式でもめたんですよ・・と話してしまいました。
義母さんは「そうだったの?」と驚いていましたが、私の愚痴めいた話をえんえん聞いてくれました。
そのとき私が、兄嫁の悪口を言ったのです。
兄があんな風に、実家の母に対して冷酷になったのは嫁さんのせいだと。
これは母のウケウリだったのですが(私は兄嫁さんと、殆どしゃべった事ありません)悪く言いました。
そのとき義母さんは「お互いに誤解があるんじゃないのかしら」と、冷静に感想を述べ。
私は、兄嫁を恨んでいる。兄をあんな風にしてしまったのは兄嫁だから一生許せないとも言いました。
義母さんは静かに聞きながら
「そこまで(悪く)思う必要はない。血の繋がったきょうだいとはいえ家族を持った瞬間に他人になる。
 それはお互いさまなんだから、お兄さんにとってはお嫁さんが一番大事な人になったのよ。
 みんな同じなんじゃない?そうやって家族になっていくんでしょう」と諭しました。
私は内心”そんなもんじゃない!兄嫁が最初(婚約当時)に創価を拒絶したから、兄はそれに同調せざるを
得ないんだ”と反論していましたが、勿論義母さんにそんな事はひとことも言いません。
「そういうものなんですかねー?」と答えました。
その後、子供を長期間預かってもらえて本当に助かった、私の母も義実家には足を向けて寝られないと
感謝しています、ありがとうございましたと御礼を伝えました。
義母さんは「そんなの全然きにしないで、当然のことをしたまでよ」と言いました。
その後も私は、「こんなに良くしていただいて、母も私も恐縮している」と重ねて感謝の気持ちを
伝え(たつもりでい)ました。
すると、義母さんの表情が変わり、ちょっと怒った風に
「なにを恐縮する必要があるの?こちらは当たり前のことをしただけなのよ。
 あなたがうちの家族だから(実家のケアのため孫を預かるのは)当然じゃないの。
 それに、家族というだけじゃない。祥蘭ちゃんだから、こっちもやってあげたいって思うのよ。
 他の子にだったら、ここまでしないわよ」と、涙ぐんでいました。
私はこのとき、ハンマーで頭を叩かれるような衝撃を受けました。
義両親がどれほど、息子の嫁になった私という人間を「個」として見つめ・認め・尊重してくれて
きたのか初めてわかったような気がしたのです。
そして反面、自分の義家族への思いや対応に「血」が通っていなかった事をまざまざと解らされたような
気持でした。
この時はわからなかったけれど、今となってはこのときの衝撃の理由がハッキリわかります。
創価脳だった私は、創価の仲間以外の人間を軽んじて生きてきたのです。
創価の仲間である身内に対してはシンパシーを感じ、大事に思っていた。
この当時、私は未活動ではありましたが創価のマインドコントロール下にあり、深い部分で敵か味方かを
信仰によってわけていたのです。
実家の母はその意味において、最大の味方。 夫は次に味方。
それ以外の外部の人達は「敵では無いけど味方でも無い」という捉え方だったのです。
そんな大勢の外部の皆さんに対しては、私はただイイ子にみられたいだけで、相応の振る舞いを
していた。
「血」が通っていないというのは、振る舞いの部分で。 血を「心」と言い換えてもいいかもしれません。
相手を軽んじているだけに、自分も相手から軽んじられているだろう・・との深層心理。

「信仰のない私は愛されない」という意識も強くあったと思います。
大きくは実家の母に対してですが、私の核となる部分に常に御本尊様や信仰があっただけに、
まるでそれを付加価値のように思っていた。
自分というものがあるようで、無かった。名ばかりの信仰というものに本当の自分が覆い隠されていた。
夫に「かたちだけでいいから」と入会を迫った事も、ここに本当の因がある気がします。
私という人間を好きだというのなら、信仰もひっくるめて認めて欲しい。
その「認める」が、言葉だけでは信用できなくて、入会というかたちで主人の気持ちを見たいと
思った。 
当時はそんなところまで考えなかったけれど(外部を折伏して結婚することで組織に対する面子を
保ちたかっただけでしたが)、覚醒した今は、そんな風に自己分析します。
当時、結婚はすでに決定しており(両家顔合わせ・結納も済み、式の1か月前でした)
主人が入会に対し折れないことだって十分予測ができました。
にもかかわらずダメ押しのように入会を迫ったのは、絶対断られないと言う自信もあったのではないか?
と思うのです。
そのような心境面を一切覚えてないんですが、それ(入会を迫る)で破談になってもいいと
思っていなかった事は確かです。
また、入会したとしても、主人に壮年部で活動して欲しいとの思いも一切なかった。
入会は迫ったけど、その後の信心をごり押しするつもりは無かったのです。
学会2,3世であっても全くやろうと思わない人間だっているのに(兄や姉のことですが)
ましてや、無理くり入会させられた人が学会活動なんて出来るわけないことは重々承知でした。

自分というものを考えたり周囲に接する時、必ず創価というフィルターを通したものになる。
出方は人それぞれでしょうが、これはマインドコントロール下にある多くの方の特徴とも
いえるのではないでしょうか。
ダイレクトに「自分」というものを出せないのです。創価あっての自分なのです。
創価囚われの身とでもいうか、創価があるから自分の存在がある、無意識のうちにそのような
基盤が出来あがっていたのだと思います。

そこへ義母さんがガツンと「心」をぶつけてきてくれた事で、私は驚いたのです。
普段なら信仰というシールドで自分をガードし適当に対処してきたところ、そのときだけは
ガードができなかった。 信仰というシールドを突き抜けて「わたし」に直に響いてきた
義母さんの心からの言葉でした。

これが直接覚醒へ繋がったわけではありませんでしたが、このやりとりを境に
「信心がなくても、創価の信仰が無くても、真に素晴らしい人がいる」ことをハッキリと認識し、
それについて深く考えるようになりました。
この出来事以前は、そういった信仰無くして素晴らしい人のことは「声聞・縁覚・菩薩に生命が
近い人なんだなぁ」という認識。
すばらしいけど、信心してないから仏界には行けまいと「見下して」いたんです、無意識に。
だけど、そういうものではないと思い始めました。
普段むちゃくちゃなのにお題目を上げた時だけ仏界トリップできるなんて自慢出来た物では無い。
たとえ仏界にいけなくても(あくまでも創価の教義上の話です)、普段から高い精神性をもっている
人の方が、いくらか素晴らしいじゃないかと考えるようになったのです。

そして実家の母と、義母さんを比べるようになりました。
信心していても、子供は離れて行く一方。信心の有無で子(やその家族)への対応を変えるうちの母。
信心してなくても、子供はいつもお母さんが大好き・実家大好きと自然と集まり、誰もが頼りにしており、
子供の配偶者をも我が子のように慈しむ義母さん。
この差っていったい、なんなのだろう?

私も2児の母だけれど、どっちの母になりたいか・理想かといえば、信心や御本尊様がなくても
素敵で素晴らしい義母さんみたいになりたい・・そう考えるようになりました。

(3)に続きます。
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Category: 覚醒の伏線