さわらぬ神に祟りなし(3)

結婚を機に、バリ活女子部だった人が未活・非活に転じるというのはわりとよくある
パターンのようです。私もしかり。

白蓮の同期で本部長を務め、折伏成果もあるバリ活の子がいましたが、結婚と同時に
遠く離れたご主人の郷里へ移り住み、以来非活になっていました(ご主人は未入会)。
彼女は結婚が早く(20代半ばでした)私が30代で部長をしていた当時、新年ごん行会で
ばったり再会。 彼女は実家帰省ついでに家族と参加したようです。
久しぶり!と私が駆け寄ると、苦笑いで「会いたくなかった」と彼女からいわれてビックリ。
聞けば、いま全然活動してないから(活動家の昔の仲間に)合わせる顔が無いんだー、と。
そんなの気にしなくていいのにー!と言いましたが、内心「どうして?信じられない」と
思っていました。
彼女が非活に転じた直接の理由はわかりませんが、実家のある地域を遠く離れるというのは
組織と距離をおくひとつのポイントになると思います。
私の知っている元女子部員を見渡して、現在も婦人部でバリ活と言う人の大半が実家地域と
それほど離れていない場所に住んでいます。圏は違っても県は同じ、くらいの距離感。
学会2,3世にとっての実家の親とは、折伏(信心)の親でもあります。
いわば親が信心における監督官なので、なかなか未活に転じる事はできないと思います。
また、本人が若干組織や池田老人に不信感を抱こうとも、実家がすぐ近くにあることで親に愚痴を
こぼしたり・相談をすると「自分自身の信心が歪んでるからそうなるんだ」と直に注意されて
しまう。
一番の信心理解者からそう言われてしまったら「自分が弛んでいるだけなのか」と反省し、
覚醒の契機を失うのです。
私のいた地域では「結婚しても地元に住んで婦人部になり、地元組織に恩返しすべき」と
女子部に対して県婦人部長が指導していました。
また、男子部についても地元を離れるな、という指導がかなり徹底されているようです。
これもいま思えばなのですが「衆人環視手法」です。
単純に創価という組織が=地域社会になってしまうんですね。
創価の組織を抜けた後も、ご近所づきあいというものが残ってしまう。
普通に暮らす中で、会合に出なくとも道や商店でばったり顔を合わせる機会は絶対にある。
これは怖い事です。脱会したくても地域社会からはみ出すのが恐怖で出来ない、という事に
繋がります。
ローンを組んで家を購入していたら、簡単に転居なんて事も出来ないし。
プラス、親元に近いという事は親との衝突も避けられません。 
創価脳の親は創価内の世間体を気にするところがあります。我が子が退転したなどと、地域学会員に
ぜったい噂されたくないと考えます。
こうして、地元地域をでないことが親という監督官+ご近所の創価学会員という多重の「衆人環視」に
繋がり覚醒の機会を奪うのです。 
だから滅多なことでは覚醒しませんし、疑問や不満はあるにせよ「まわりの目もあるし・・」と
仮面活動家を続けてゆくことにもなります。
自分が覚醒してみて、客観的に見ることができるようになったから上記が解ったわけですが
本当に学会組織って、逃げられないようによくできてるわ~と、感心します。 
けして誉められたもんじゃないですけどね。

私が覚醒できた下地には、確実に「地元組織+実家からの遠隔」がありました。
もし、主人の転勤がなければ、私はおそらく実家からそう遠くない場所に住んだと思います。
婦人部の活動をやったかどうかは疑問ですが(私は師弟観がないので、婦人部の池田老人賛美活動に
いずれアレルギーを起こしたと思います・・)それでも確実に、脱会まで考えるような覚醒はせず
未活でのらくら、新聞購読、財務、選挙だけやってお茶を濁してたんじゃないかと。
それと、活動家の親子関係(親子ともども活動家の場合)を見ていると共依存のところが殆どです。
とにかく繋がりが密接で、連絡もまめにとりあうし、旦那の実家より自分の実家(男子部の場合は逆)
という状態。
そんな親子関係にあれば、創価に対して疑問を抱く隙なんてほぼほぼ無いと思います。
私は結婚前、自分はマザコンだと思っていました。なので、結婚で実家から遠く離れるだなんて
ありえないと考えていたのです。 だのに、転勤のある主人と結婚したのだから、人生なんて
わからないものです。
実家を離れる事に不安はありましたが、不思議と新婚当時、寂しさやもろもろから実家に「帰りたい」と
実行に移したことは一度もなかったのです。
これはよくもわるくも、父のお陰。 父存命中は、アンチ創価な父に会う事に対し気が重かった。
母には会いたいけど、父と顔を合わせるのがちょっと・・という思いが、実家に簡単に帰ろうと
しない一種抑止力になっていました。
結果、それでよかったのだと思います。ひんぱんに実家に帰ったり、母と密に連絡をとりあうような
状況があれば、私の覚醒は遅れたと思うからです。

創価の彼女と結婚を考えている方(彼でもいいですが)にお勧めしたいのは、とにかく実家から
遠く離れた場所で新生活をスタートさせることです。
日本全国どこにでも学会員はいますので、組織の人間から逃れることは不可能ですが、親という
「監督官」から逃れる・これだけでも随分と2、3世にとっては違うはずです。

私は結婚後、暫く家の片付けや諸々あって専業主婦でした。
1ヶ月ほどで家の中も整い、暇になったとき「学会活動がしたい」と思っていました。
だけどまだ統鑑がまわっておらず、地域の学会員は家に来ませんでした。
結婚前までの私は女子部活動家で、趣味と言えば買い物と食べ歩きと旅行の「消費行動」だけでした。
何かを作るとか・スポーツという趣味は無く、家でするといえばインターネットくらい。
ゲームはしないし(興味がありません)読書好きですが日常的なので、趣味というものでもなく。
週末は主人と新しい街を探検して楽しんでいましたが、友人もおらず、平日一人でうろうろするほどの
行動力もなくて、本当に時間を持てあましていました。
女子部時代が忙しすぎて、急に時間をたっぷり与えられてもどう使ったらいいか解らなかったというか。
当時の私は、スケジュール帳が予定でびっしり書き込まれている状態に喜びを感じるタイプでした。
そんな人間が突然暇になったら、気分も滅入ります。
このまま一生、洗濯掃除をし主人の夕飯を用意して帰りを待つ生活なのか?と暗い気持になったりも
しました。 
私が家庭的なタイプでは無かったためです。 (それは母の影響が大だと思います・・)
主人が「働いてみれば?」と言ってくれた事は、本当に救いでした。
結果的にこれで創価の婦人部でいう「ワーク」になれた上、職場で同世代の転勤族の妻である同僚
(今も友人です)を得た事で、私の新生活は活気のあるものになりました。
ただ、すぐにその生活を「楽しい」と思えたわけでもなかったのです。
本当にこれでいいんだろうか?という気持ちがあって「これが本当に自分の望んだ生活なのか?」
と常に自問していました。
それは理想の家庭像やライフスタイルを私がもっていなかったことに起因します。
実家は円満ではなかったので。また、母は生活全般におけるセンスも皆無で、父の方がまだ
長けていた気がします。
一番のお手本となるべきはずの実家が、そのような状態だったので、いつもどうしていいかわからず
(主人に話した事はなかったものの)こんな生活でいいのだろうか?と困惑していました。
主人の実家が、わりときっちりしているので比べられたらどうしようという気持ちもあったと思います。
そこを解決してくれたのが、職場の友人だったのです。
彼女は仕事の傍ら、お料理や家事もとても頑張っていて、いつもおしゃれなお弁当を持って職場に
きていました。旦那さんのお弁当の残りを詰めただけというけど、旦那さんはどれほど幸せだろうかと
感心したものです。
そんなときに、私が「今の生活に大きな不満があるわけじゃないけど、満足でもない。どうしていいか
よくわからない」と彼女に話した時、自分の育った家庭がしょっぱかった・・とこぼしてしまいました。
すると彼女が「決まった理想のかたちが無いって事は、自分の好きなようにできるってことだから、
他人(の家庭生活)を見ていいなと思う事をどんどん取り入れてみたら?私もそうしてるよ」と
アドバイスしてくれたのです。
目からウロコでした。 そっか、真似すればいいのか!と。
ファッションや髪形を真似る・参考にするという事は独身時代常でしたが
「ライフスタイルを真似る・参考にする」これは、創価脳で活動家の場合には、ほぼ気がつかない事なのです。
そのくらい、日常生活が学会活動に毒されているといっても過言ではありません。
間髪いれず婦人部の活動に参加していたら「これが自分の望んだ生活なのか?」こんな疑問も
でてこなかったと思います。
会合に行くことが日課となり「家事はその合間に(実家の母がしていたように)ちゃっちゃとすませるもの」
程度で終わったでしょう。
職場の彼女をお手本に、家事や道具に拘り始めると、暮らしがどんどん楽しくなっていきました。
私にとっては、今まで経験したことのない種類の面白さでした。
そして主人が全くその事に異を唱えず、自由にやらせてくれたのも良かったと思います。
家の中の事にとどまらず、職場の友人と海外旅行にも行かせてもらえたし、習い事を始めるにしても
なんでも寛容に「いいよ、してみれば」と受け止めてくれました。
ここでもし主人が「仕事なんて行かなくていい」と専業主婦になることを私に求めたり、
あれもだめ・これもだめと、縛り付けるような事があったり、買い物に苦言を呈されたり、
夫婦仲が悪くケンカ続きだとか、経済苦などの解りやすい生活上の諸問題があれば
私は辛くなって「宿命転換しよう!」と、婦人部の活動にのめり込んだかもしれません。
そういったこともなく、平平凡凡でも静かで落ち着いた暮らしが長く続いた事が、覚醒へと繋がりました。
主人は見知らぬ土地に来て孤独な私に、心身の負担をかけまいとしてくれたのだと察します。
また、仕事をやめて子育ての生活に入ってからも、基本私の好きなようにさせてくれています。
義両親のサポートも、以前の記事に書いたとおり行きとどいており
(たまに「そこまでしてくれなくても」と思わなくもないですがw)有り難いことだと感謝しています。

そして、信心や創価について、一切主人から質問・おたずねがなかったことも良かったと思います。
たとえば活動に行ってるのか?とか、最近先生は元気か?生きてるのか?とか、
そう言った事をこれまで、まーったく聞かれた事がなかったです。
私も主人にそのような話を積極的にしなかったし、こちらの婦人部が好きになれない・・という事も
未だに話していません。 
聞いて面白い話でもないだろうから、する必要ないという判断で。
最近主人に「どうしてなにも創価に関する事を聞いて来なかったのか?」と質問したところ
「別に。興味無いから」となんともシンプルな回答でビックリしましたw

これはあくまでも私の性格上の問題ですが、私は過干渉を嫌います。
主人もそのことはよくわかっていて、だから様々な事にいちいち意見をつけるような事もせず
私の興味が創価から別のことに向かっていくさまを、近く遠く見守ってくれていたのだと思います。

創価の信仰を持つ人との結婚を考える方に、相手の性格・性質をよく見極めてください。
マインドコントロールされているとはいえ、性格・性質は人それぞれです。
働きものなのかそうでないのか・さびしがり屋かそうでもないのか・アウトドア派かインドア派か。
いろいろあると思います。
相手の性質や好みを見極めたうえで、相手が「この生活が楽しい」と思えるように、導いてあげて欲しい。
「バリ活」とはひとつのライフスタイルで、これを崩すという事はバリ活にとっての死活問題です。
なんせ「幸福の直道」「師弟の道」だと思い込まされているので、楽しかろうが楽しくなかろうが
学会活動が生活の目的となっている面が大きいのです。
けど、世の中にはそんなことよりもっと有意義で楽しい事がある、それを時間をかけてゆっくりと
安心感の中で解らせてあげることが一番だと私は思うのです。

「安心感」これも重要です。
創価の活動に必死になっている・活動はそれほどでなくとも、信仰心が厚い人というのは、実は
不安でたまらないのです。
不安からくる焦燥感にかられているから、学会活動に走り続けるしかない。
私もそのような面が実際にありましたし、
「辞めたら不幸になる(と思いこんでる)から今更辞められない」って声を実際に現役活動家から
聞いたこともあります。
一番身近となる配偶者が「大丈夫だよ」と、言葉ではなく環境と態度で伝え続けて行く。
何も、肩に力を入れることはないのです。
ただ常に、「創価が無くてもあなたは愛される、あなたは大丈夫」という事を無言で伝えて行くことだと
私は思うのです。 言葉に出すのも、もちろんありです。
ただ、バリバリ創価脳の人にそんな言葉をいうと警戒心をもたれるから、無言で伝えて行くことの方が
いいんじゃないかと思う次第です。
「創価が無くても」というのは、ネガティブに受け取られてしまいますからねw
でも、覚醒がとけたときにこの「創価が無くても愛される・大丈夫」ということが、どれほど覚醒者の
救いとなるか。 それは計り知れないものがあります。
私の場合は、義母さんの言葉が刺さりました(前回書きました)。それが直接の覚醒に繋がったわけじゃ
なかったけれども、今になって「創価無しの私でも受け止めてくれた」と感謝に堪えません。
その言葉に涙がこぼれるほどの感激と喜びをおぼえたときこそ、本当の覚醒の時なのだと思います。

一般的にマインドコントロールを解くために、
「隔離」と「規則正しい生活」と「自分で考え(させ)る」
この3つの方法が使われていると、覚醒後にネットで見て知りました。
私の場合、知らずのうちにこの3つを結婚後の新生活で実践していたのだと気が付きました。
信心の監督官である母親や・活動家の友人たちと遠隔され、OLと主婦という2足のわらじで
規則正しい生活となり(その後、出産を経て子育て生活へ)、外部との人付き合いのウエートが
高まる中で、創価の組織から離れ・創価であることを隠した状態での人付き合いをしていく。
活動家時代を振り返れば、外部との付き合いには常に「折伏・仏法対話」が念頭にありました。
どこかで隙を見て仏法対話にもちこまねばと、思ってる時点で、自分の頭で考えた人付き合いには
なっていなかったと思います。
そういった下心をとっぱらった外部との人付き合いというものは、本当に考えないと出来ないことでした。
創価臭が出ないようにしゃべろうとするのも、ひとつの訓練だったのです、私にとっては。
だんだんそれが普通になっていくので「自分の頭で考える」事が出来るようになっていったと
思います。
そしてこちらで、創価を抜きにした一般社会人としての密な人間関係を構築できたのも
良かったと思っています。結局、創価を抜け出せない原因のひとつは、人間関係でもあると思うから。
創価の人間関係なんて実際は希薄なんですが、殆ど毎週のように顔をあわせていると、密になったように
錯覚してしまいます。「創価家族」という言葉もあるように、なんとなく深い人間関係みたいに
思いこんでしまうのです。
しかし、それは創価を離れた時に薄っぺらな関係だったと解るのです。
こちらがそんな気なくても、創価のなかの人間は退転者を蔑む。そして急激によそよそしくなります。
そんな人間関係、こっちから願い下げ。そう思えるだけの外部との人間関係を作り上げることも
大事かもしれません。

また、私が「これが自分の望んだ生活なのか?」という疑問を抱いたのも、自分の頭で考え始めた
第一歩だったと言えると思います。
それまで実家に居て、母という監督官のもと学会活動をすることが「当然」だった。それは自分の頭で
考えてやっていたことだと、当時は思いこんでいたけど実は違いました。
親からの「活動しないと足元をすくわれる」という刷り込みにより、「やらなきゃ」と行動に繋がって
いたのです。

覚醒までの期間が長期戦か短期戦かは、人それぞれ。わかりません。
私で8年かかりました。
そして主人に脱会意志を伝えた時、主人は何と答えたか 「ふーん」 それだけです。
一切、まったく態度を変えないのです。これまた私にとっては大きな安堵材料でしたし、感謝しても
しきれないほどです。
義両親にはまだ脱会するとはつたえてませんが、一切の活動をやめた事は今年の夏に話しました。
義両親は少し驚いていたものの「へぇ、そうなの」程度でした。
ごく普通なのです。騒ぎ立てたりしません。質問攻めにもあいませんでした。
けど私にはこの静かな対応がとてもありがたいです。

さわらぬ神に祟りなしとは、決して無関心をきめこむという意味ではありません。
「創価」にさわらないようにして、マインドコントロールに罹っているその人自身をみつめてあげて下さい。
その人自身を愛し、見守って、受け止めて上げて下さい。
創価はオールスルーでかまわないのです。
創価の枠なんてとっぱらった彼女や彼を、見染めることができた・好きになった外部の方になら、
きっと出来ることだと思います。

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Category: 覚醒の伏線