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過去のこと(1)

20代半ばで外部との結婚をあきらめた、と過去記事で何度か書きました。
その件について公開・非公開コメントでお尋ねがありました。

信仰を理由に結婚をあきらめる・好きな人と生きて行く事をやめるという決断が
一般常識人に理解しがたいことだとわかったのは、覚醒後でした。
どうして創価の信仰をもつ恋人が、外部との結婚に際し「一緒にいたい」という感情を貫かず
信仰を選び・別れを選んでしまうのか、一般常識人の方々には不可解で辛く苦しい問題だと思います。

外部の方からの、どうしてそうなるのかが知りたいという質問のほかに
外部の恋人との結婚をあきらめた経験があるという内部の方のコメントも、公開・非公開ともに
頂いております。
私が女子部当時も、周囲にそのような話はごろごろと転がっていて、けして珍しい事では
ありませんでした。
が、こうして不特定多数の・年代も性別も異なる学会員の方たちから「自分も経験がある」と
意見を寄せて頂くと、いかに数多くの皆さんがこの件で悩み・辛い思い・苦渋の決断をされたのかが
ハッキリとわかり、驚いた次第です。
本当に、どこまで人の心を縛り上げ・内外ともに不幸にすれば気が済むのかと、組織の馬鹿げた
教義やマインドコントロールに対し、腹立たしい思いがします。

私の場合は、単なる自分自身の「絶対心」だけが破談の理由ではありませんでした。
今思えばですが、特殊パターンだと思います。
なので、多くの方々が直面している問題にあてはまるかどうか”?”なところもありますが、
この経験を晒すことが少しでもどなたかの役に立つのであればと、書くことにしました。

@@@@@

当時の私(20代半ば)は、組織内でのトラブルが原因でPTSD症状が出た為
女子部の活動を休んでいました。
一切の活動に出ず、家庭訪問にも適当に対応する程度。でも日常的にごん行をし・お題目もあげ。
組織がいやになっただけで、御本尊様への絶対心はまったく揺るがなかったんです。
それプラス、実家住まいだったので創価脳の母親の目もあり、仏間をスルーして出勤する事は
許されませんでした。
「活動はしなくても御本尊様への信心は失ってない」これが母親との絆だったんです。

彼とは友人を介して知り合いました。
心を開くまでは寡黙な人でしたが、うちとけると饒舌になり
好奇心旺盛で、自分のペースに巻き込むのが上手い人というか、リードするタイプでした。
かといってワンマンではなく柔軟なところもあって、気遣いのある人。
一人っ子ならではの器用さがありました。
そんな彼に創価であることを話したことはありませんでした。
まだ20代半ばで、私はそれほど結婚願望がなく、一緒にいる時が楽しければ・・という
思いで過ごしていたので。
そのことを黙っている件についても、とりたてて罪悪感は無かったです。

カミングアウトの機会は突然訪れました。
年末押し迫った頃、彼が「大晦日、一緒に年越ししよう。XXへ初詣に行きたいんだ」というのです。
私は「え~」と言ったあと、すぐに返事ができませんでした。
彼は困っている私を見て聞いたのです「ひょっとして宗教?学会なの?」と。
どうしてわかったの?と聞くと、「初詣を拒絶するのは創価とエホバくらいでしょ」というのです。
そしてなんと、彼の親がエホバで、自分も子供の頃勝手に入会させられていると聞かされました。
ものすごくショックでした。
同時に、私ってどんだけ業が深いんだろう?と己を恨みました。
(注:創価の「宿業」=全ての原因は自分自身の生命の中にあるという考え方において
 どんな人との出会いも、自分に因があると捉えます)

過去記事に書いたのですが、私は女子部の活動をやめてすぐ、会社の先輩とお付き合いをし
その先輩も、とある宗教の教会主の息子(後継ぎ)だったのです。
なんで邪宗の人とばかり知り合うの、私?と。
こんなの宿業以外のなにものでもないわ・・と、未活でありながらも創価脳の私は重く考えていました。
また、彼に創価であることがバレて、そのことで別れを告げられても仕方が無いと覚悟しました。
が、彼はそこには全くこだわりがなかったようで、創価について詳しく聞いてくることも無く。
私は「子供のころに入会させられた。現在は活動をしていない。母親だけが熱心」と説明しました。
彼が「親に勝手に入信させられて、同じ境遇だね」と優しく言ってくれたことに安堵しました。
ただこれは、お互いに大きな「勘違い」でした。
そのことは後々明らかになります。

彼は、親が勝手に入会させたというだけで、自分はエホバに嫌悪感いっぱいであること。
神社や寺に行く事を禁じられてきたが、初詣にあこがれていて、彼女と行きたいとずっと思っていた
(が、その時期に彼女が居たことが偶然にもなかった)小さな夢だった、と話してくれました。
エホバには山のように、生活上の禁止事項があるそうです。
でも彼は殆ど守っていない・そんなことしていたらまともに一般社会で人付き合いもできないし
暮らしていけないと言っていました。
世間一般でいう男女交際も制約があり、これまで彼女を親に紹介したこともないのだと。
入信している自覚なし、というところは、うちの兄や姉と同じだ・・と受け止めました。
ここで彼がエホバのバリ活なら、確実に別れたと思います。
(というか、彼の方から願い下げだったでしょうねw 交際にも至らなかったでしょう)

結局、初詣は神社見学だけにしました。
私はお参りだけはどうしてもできなかったから。
彼には「昔から拒絶感があって無理なんだ」と伝えました。
創価の活動はしなくても、信仰心が有る場合もあります。
ここを外部の方は、なかなか理解できないかもしれません。
活動と信仰は、必ずしもイコールではない・比例しないこともあると理解しておいたほうが
よいかと思います。

彼は私がお参りしなくても全然気にしない、一緒に神社に行けたことが嬉しいと言ってくれました。

彼も私も20代、現在40代の私がみれば、まだまだ未熟で子供っぽいところがありました。
私たちのあいだで宗教は問題ではなく、ただ二人で居る事が楽しく、ずっとこんな時間が続けば
いいのにと互いに結婚を考えるようになり、ぽつぽつとそんな話をする事が増えました。
また周囲の友人も結婚する人達が増え、結婚式に呼ばれる機会もあり、大きく影響を受けていたと
思います。
デートの際、たまたまブライダルフェアをやっているホテルの前を通りがかりました。
冷やかしで入ってみると、人前式というものがあることをこのとき初めて知りました。
「僕たちはこれだね」と彼が言いました。 お互いの両親が別々のものを信じているから・・という
理由で。
私も「そうだね」なんて言いながら、内心は少し不安がありました。
彼はとてもいい人で、健康だし、ちゃんとお勤めもしている。
おそらく反対される要素といえば、宗教問題だけだろう。
このとき、私は自分が相手の親から拒絶されるなんてこと、まったく頭に無かったのです。
不思議なんですが。自分は受け入れられると思ってました。
問題は、うちの母親だけじゃないかって考えてたんです。
だけど彼は、入信しているといっても非活で自覚なし。場合によっては、改宗もあるかも?!
そうすれば母も受け入れてくれるんじゃ? なんて甘い考えを持っていました。

後日、私の母に結婚しようと思う相手が居る事・相手の家がエホバを信仰している(本人非活)と
伝えたところ、母は泣きながら「他の人を探して欲しい」と言ったのです。
なんのためにここまで育てたのか。そのような家に嫁にやる事は絶対に出来ない、不幸になる!と。
どうしてもそうしたいなら、相手を折伏しなさい。相手の親御さんに了解を得なさいと言いました。
まさか母親に泣かれるとは想像しておらず、私はとてもショックでした。
彼の何を知っているというのだろう。親がエホバというだけで、他の人を探せだなんて酷過ぎる。
本人はやってないんだから関係ないじゃん!
私も部屋に戻って泣きました。どうしてこうなるのだろうと。
彼に母の言葉を伝えることは暫く出来ませんでした。

その後、彼も自身の親御さんに結婚したい旨を伝えたが
親御さんが学会大嫌いで「すぐに別れなさい・交際も結婚も許しません」と言われたとのこと。
彼は怒っていました。
自分は親のモノじゃない。考える脳みそだってある。もう世間でいえば成人なんだ、ほっといて
欲しいのにと。
そこで、私もやっと自分の母から言われた事を話しました。
彼は落胆していましたが、私の弱った心を見抜いたかのように「でも決めるのは二人だよね」と
言いました。
親に決められてなるものか、という強い意志を感じました。
「親が反対してたって、二人には関係ない。二人さえ同じ思いなら、乗り越えて行ける。
親から遠く離れて暮らせば関係ない。二人で生きて行きたい」と言いました。
彼にそのような言葉をかけられても、私はもうこの時点で、引き気味になっていました。
双方の親が反対する結婚なんて、上手く行くわけがないと思ったのです。
これは元々の性格もあるのですが、私はもめごとが大嫌いで、そうなる前に回避します。
大問題になる前に逃げよう、そんな感じでした。

彼は諦めず、粘り強く自分の両親に私との結婚に理解を得ようと話し合いを続けました。
あるとき、彼のお母さんが、私に会ってみたいので家に連れておいでと。
彼としては、親が「会ってみたい」ということは、OKがもらえる前触れと受け止めたようです。
会わせればきっと気に入ってもらえる!と、希望的に前向きにとらえていました。
私は疑心暗鬼で、気が進まないと言いましたが、彼の「大丈夫だって!」という言葉と笑顔に
勇気づけられ、指定された日時に初めて彼の家を訪れました。
家に行くと、威圧感のあるお母さんがいました。
部屋に通された時点で、空気が不穏でした。お母さんは、いやなものを見る目をしていました。
彼に促され挨拶をしましたが、お母さんから
「聞いてると思うけど、うちは他宗派の方を受け入れることはできません。
 創価の嫁はいらないんです」と単刀直入に。
彼は怒りだしました。いきなりそんな事いうのかよ!失礼じゃないか!と。
お母さんは「あんたは黙ってなさい」と彼を怒鳴りつけ、この時点で怒りに震える声でした。
「あなたのような人は受け入れられない。すぐに別れて欲しい」と。
彼が「親が創価なだけで彼女はやってない」と説明しても、お母さんは「そういう問題ではない」と
取り合わず、絶対に許せないことだ。交際自体許せないし、私の存在も許せないと。
彼は激怒し、親子の縁を切ると言いました。
理解を得る云々の問題では、もはやなかったです。
彼の母親から発せられる、妖気のようなもの?が怖くてたまりませんでした。
こんな人(=彼の母親)と家族になれるわけがない、と私は思ってしまったのです。
彼のお母さんが私を連れてこいと言ったのは、最後通牒を渡すためだったとわかりました。

家を出、二人で車に乗り、走りだしました。
彼は「このまま、どこか遠くへ行こうか」と言いました。
それは「家出・かけおち」の事でしたが、私は冷静で「そんな事したらだめだよ」と
彼を諭しました。
彼はひとりっ子で大変親御さん思いのところがありました。お父さんを尊敬している、と素直に
口にできるところが素敵だなと私は常々思っていました。
そんな両親思いの彼を、親と揉めさせる原因になる私。というか「創価」。
なんで私は学会の子なんだろう? 
自分が望んで入信したわけではない。選択意思なく親に勝手に入れられた、という時点で彼と同じ。
この宗教さえなければ、彼とすんなり結婚できるんだろうか?
そう考えると、創価の家に生まれた事を恨めしく思ったのです。
また、彼がエホバの家に生まれている事も、最大の不幸だと思いました。

その日は彼をなだめ、互いに帰宅しました。
私は家で泣きながらお題目を上げ、どうにか円満に別れることができますようにと祈念しました。
結婚は諦めたのです。
彼のことは好きだけど、あまりにもハードルが高すぎる。
私が彼から両親を奪う事はできない。それは荷が重すぎる、どうか互いにとって一番よい形での
「別れ」という結果を出させて下さいと祈念していました。

今思えばなんですが「どうか円満に別れることができますように」
これって思考停止なんですよね。
問題と向き合わず・彼のまっすぐな気持ちとも向き合わず、さっさと逃げようとしたんです。
無意識のうちにハンドルを切ってUターンでずらかる、そんな感じです。
その無意識の「奥」は臆病な心。
これ以上踏み込んだら厄介で面倒な事になる、自分の信心がおかしくなってしまうかもしれない。
そんな不安感が無意識に困難を避ける思考・行動へと繋がっていたんじゃないかと分析します。

創価の信仰をたもつ恋人に急に去られた、という方はその原因が解らず悩まれるようですが
あなたの恋人にも、上記のような心の動きがあったのかもしれません。
ひとつの参考になればと思います。

(2)に続きます。
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